【2012/02/01】発行 ベストナース2月号 掲載記事全文
I. はじめに
脳血管障害患者の2~4割は嚥下障害が認められているという報告がある。人間にとって食べるという行為は栄養補給のほか、生きがいのある生活をするためにも大切なことである。林らは生活予後診断とは意識障害における現在の状況をアセスメントし分析して判断することで、将来においてみずから生活する事の可能性を予測することと述べている。
今回脳幹梗塞後高次脳障害・嚥下障害を伴い、日常生活行動(以下ADL)が、全介助となった患者及びその家族が経口摂取を希望した。手術後一時経口摂取し誤嚥性肺炎となった経過後の再経口摂取で直接訓練まで行なわれていた。
そこで生活予後診断を行い、身体バランスを整え摂食嚥下訓練を行う事で栄養維持までは行かないが食べる事の第一歩が始まった事例について報告する。
II. 事例紹介
1. 患者紹介
A氏 60才代 女性
病名 右脳梗塞・脳幹梗塞・右動眼神経麻痺・左顔面麻痺
嚥下障害・構音障害・注意障害
既往歴 僧帽弁閉鎖不全・未破裂脳動脈瘤クリッピング術
転院理由
・他院での入院期間が長期化してきたこともあり、施設入所までの3カ月間の療養目的
・脳梗塞発症し6カ月経過、本人・家族は食事摂取を希望している
2. 実践期間
平成23年2月7日~23年3月6日の4週間
3. 方法
(1) 下記の1)2)3)を1日の生活スケジュールの中に組み込む
1)背面解放坐位-午前・午後5分程度
2)口腔マッサージ・顔面マッサージ・嚥下訓練(頸部可動域訓練・肩の運動・空嚥下・舌の運動発声練習・ブローイング・アイスマッサージ)午前・午後
3)バランスボール踏み(坐位となり、空気を少し抜いたバランス
ボールの上に両足を乗せ健側は自力で踏み、患側は介助者が押す)
午後
(2) 1)2)3)の記録については専用の記録用紙を作成し行った
4. 評価
(1) 患者の状態変化について1週間毎確認した
(2) 4週間を1クールとし実践前と実践後の患者の変化を比較しまとめた
5. 倫理的配慮
看護実践の目的と内容、写真と動画の撮影、学会発表論文作成についても文書と口頭で説明し本人・家族より承諾と署名を頂いた。またこの承諾はいつでも撤回する事が出来それによる看護支援について一切不利益を受けない事を説明した。写真や動画についてはそのまま使用して良い事を確認し承諾を得た。
III. アセスメント情報と分析
1. 口腔機能について
先行期:意識レベル清明・口頭でのコミュニケーション可能
口腔期:顔面神経麻痺あり、舌の動きは前後・左右・回旋可能
口唇の開閉可能・発声状態のダ・タははっきり聞きとれる
咽頭期:唾液の処理可能だが時々流涎あり、咽頭反射あり、喉頭挙上可能 唾液のみテストでは2回可能で1回むせる
水飲みテスト改定水飲みテストは困難
食道期:前医では経鼻栄養が行われ消化管機能は維持
その他:誤嚥性肺炎となった経過後の再経口摂取でゼリーの直接訓練が開始されていた
2. 身体機能について
・ADL全介助・左上・下肢麻痺(拘縮なし)
・右上・下肢失調症状(可動性あり)・注意障害あり
・坐位保持困難、頭が時間と共に前後左右に揺れる
・車いす乗車で身体バランスが崩れる
3. 栄養状態について
・血液データ、TP=6.6アルブミン4.0 貧血なし
開始時のエネルギー量
・末梢点滴 510Kcal(末梢点滴では最高量)水分1500ml
・嚥下訓練食(2品200Kcal 約150g)
IV. 生活予後診断(看護問題)
1.顔面麻痺・構音障害・注意障害などがあり誤嚥の危険性はあるが、口腔機能の状況から経口摂取の維持・向上の可能性がある。
2.頸部後屈位の予防を主とした体作りを同時に行っていくことで、安全な経口摂取をする事に繋がる。また坐位保持能力を高めて行くことで、集中力維持・向上に繋がる。
V. 看護目標
大目標(3カ月後)
車椅子乗車で1食経口摂取が出来る
1クール目標
1.肺炎の兆候がなく嚥下食が5割(約75g)摂取出来る
2.柵につかまり背面開放坐位が5秒保持できる(身体バランスが取れる)
VI.実践計画(1日のスケジュール)
7:00 洗面
9:30 保清・口腔ケア義歯装着・口腔マッサージ 顔面マッサージ
・発声練習(パンダの宝物)歌の練習
11:00 背面解放坐位5分程度
11:30 経口摂取
(ギャッチアップ75度・枕をはずす、言葉がけ、1口量を統一)
12:00 口腔ケア・口腔マッサージ
14:00 摂食嚥下訓練(直接訓練以外)
15:00 背面解放坐位5分程度
バランスボール踏み20回程度
車いす乗車ナースステーションで過ごす
18:00 口腔ケア
21:00 入眠
VII. 経過と結果
実践計画に沿い実施し、4週間を1クールとし評価する予定であった。
1週間目の状況として経口摂取時むせがあり体力の消耗が著しかった。またむせの頻度は同様であり介入前のアセスメントで脳幹梗塞による嚥下障害について加味されていなかった事に気付いた。そのため1週間目において再アセスメントした。脳幹梗塞・嚥下障害による影響が大きく飲み込みがうまくいかず1日のエネルギー量を増やす事が出来ない事がわかった。目標として車椅子乗車で1食経口摂取が、出来るとしたが目標達成には至らないと判断し目標を変更した。目標変更に伴って実践内容も部分的に変更した。
目標変更
1.栄養確保が出来る
2.楽しみ程度の経口摂取が出来る
3.柵につかまり背面解放坐位が5秒保持できる(身体バランスが取れる)
目標変更後の実践内容
1栄養確保について
中心静脈栄養(以下CV)挿入による高カロリー輸液と飲み込む訓練にもなる経鼻栄養の併用とした。
2経口摂取について
嚥下食を中止しゼリーや栄養剤を使用し1日2回午前午後に実施した。集中力が保てないためカーテンを引き介助者と本人の2人のみの環境とし、飲み込むタイミングを意識する事を促した。
3背面開放坐位・嚥下機能訓練・バランスボール踏み訓練は変更前と同様とし1.2を追加した。
2週間目からは目標や実践内容を変更することなく経過した。
栄養確保については、徐々にエネルギー量を増量し、4週目には高カロリー輸液と経鼻栄養の併用で1日エネルギー量1500Kcalを確保した。
楽しみ程度の経口摂取が出来るについては、ゼリーや栄養剤の経口摂取が維持出来 29gから75gへと増量できた。むせの状態は2~3口に1回の発生から5口に1回の発生に変化した 。CV挿入後一時的に発熱はあったが画像診断では肺炎はなかった。
口腔マッサージ 顔面マッサージ・嚥下訓練を行ったことで、左右の顔のバランスが良くなり表情もしっかりしてきた。
口を横に大きく開く事は介入前(図1)と介入後(図2)を比較すると介入後の方が上手に出来るようになった。
発声状態は、パンダの宝物の発声が
介入前は ファ、 ン、ダア、ド、タア、ア、ア、オ、ドだったが
介入後は パファ、ン、ダ、 ド、タ、 カ、ラ、ボ、ド と変化した。
また唾液のみテストでは、2回可能で1回むせていた状況から2回可能でむせなしとなり、水飲みテスト・改定水飲みテストは困難な状態は変わりなかった。
経口摂取(図3)後おいしいと話していた。数回嚥下した後(図4)は麻痺側から食べのものが少し出ているのが分かり、これは口唇閉鎖が不十分な時がある事がわかった。
柵につかまり背面解放坐位が5秒保持できる(身体バランスが取れる)については、介入前(図5)背面を支えなければ坐っていられず、支えをはずすとすぐに左右に揺れながら後ろに倒れてしまう状態であった。介入後(図6)は自分で坐る事を意識させることにより柵につかまった同一体位で、頸部後屈位になる事なく7秒維持できるようになった。
VIII. 考察
脳血管障害の影響でADL全介助状態になる対象は少なくない。本事例は脳血管障害後遺症による影響で意識は清明ではあるがADL全介助状態となった。
本人家族の希望としては経口摂取であった。
藤島は摂食嚥下訓練の直接訓練には意識清明なこと・呼吸状態が安定している事と述べている。 本事例は意識清明な状態であり呼吸状態も安定している事から直接訓練可能である。脳の損傷部位の関係により注意障害・構音障害・顔面麻痺が伴っていることが回復に大きく影響する可能性がある。また注意障害により集中力が低下している為いかにして集中力を高めて行くかが大切である。足底を床につけた背面開放坐位は脳幹を刺激し大脳へ働きかける。背面の支えを外し身体バランスをとることは、誤嚥予防のための頸部後屈位予防となる。また体を保持しようとする働きが、集中力向上にもつながると考える。
坐位をする事は横隔膜が下がり肺野が広がり呼吸機能の向上に働きかける。
発声練習・歌を歌うという行為も肺活量や肺の機能向上に少なからずはたらきかけていたものと思われる。
ケアとして摂取時の体位をギャッチアップ75度・枕をはずす・言葉がけを統一・一口量の統一・カーテンを引き介助者と本人2人のみとし集中出来る環境を作る事などの関わりも経口摂取の維持に繋がったものと思われる。
経口摂取をする事は呼吸機能への影響を常に考え実施する必要があるという 面では肺炎の兆候がなく経口摂取が出来た事はそれらに配慮した関わりになったのではないかと考える。実践途中で再アセスメントをし、必要エネルギー量と経口摂取を分離して考えた事は大切なことである。
嚥下機能向上と共に身体機能にも働きかけた事により楽しみ程度の経口摂取が出来たという事で患者・家族の希望に沿った関わりにつながったと考える。
林らは生活予後診断とは意識障害における現在の状況をアセスメントし分析して判断することで、将来においてみずから生活する事の可能性を予測することと述べている。
生活予後診断を行い、看護技術を実践して行くことまた実践途中であっても再アセスメントし対象にあった看護実践をする事は生活の再構築及び患者・家族の生活の質の向上に繋がると考える。
IX. 終わりに
障害部分と嚥下機能の関係を追求することの重要性と口腔機能だけではなく、体作りにも着目し介入することで安全に配慮した関わりになることを学びました。この学びを生かし今後も様々な対象に実践して行きたい。
引用・参考文献
1) 林裕子.BRAINNURSING.2010.vol.26 14-18
2) 藤島一郎.脳卒中の摂食・嚥下障害2版.医師薬出版 1998.138-139
3) 林裕子.BRAINNURSING.夏季増刊決定版自立生活を回復させる 2009.
4) 紙屋克子.BRAINNURSING.2010.vol.26 10-14
5) 紙屋克子.EBNURSING.2010.vol.9 60-67
6) 黒岩恭子.BRAINNURSING.2010.vol.26 29-35
ベストナース2月号
投稿者:杉澤千香子・桜田不二子・中島かすみ 林裕子(北海道大学)